世界文化遺産候補「船津胎内樹型」はよそ行きの服では抜けられない
2013-05-29T18:00:12+09:00 2013/05/29
船津胎内樹型(ふなつたいないじゅけい)とは、「溶岩樹型(ようがんじゅけい)」のことです。
富士山が噴火したことで溶岩流は周辺の樹木を巻き込みますが、やがて溶岩の中に巻き込まれた樹木は熱で焼失してしまいます。
樹木が焼失することそこには空洞ができます。
その空洞のことを「溶岩樹型」といいます。
この溶岩樹型には、巻き込まれた樹木の形状により様々な形があります。
例えば、木が立ったまま飲み込まれると空洞は井戸のようになりますし、倒れて巻き込まれたものは洞窟のようになるのです。
珍しいものでは、流木が溶岩流の上を転がることでできる溶岩樹型です。
これはパイプ状になり、地表面に露出しているそうです。
さて、何故この「船津胎内樹型」が世界文化遺産の構成資産に選ばれたかですが、これは富士講と関係があるのです。
富士講の開祖である長谷川角行は、修験道の行者であったため、富士登拝(富士山信仰のため登山すること)や水垢離(みずごり(冷水を浴びる修行))を繰り返しながら諸国を廻り修行を行っています。
ネットで調べると、1617年に吉田口登山道から富士登拝した際、北麓に洞窟を発見しそこに浅間大神を祀ったそうです。・・・角行は「人穴(現在の富士宮市にある洞窟)」で厳しい修行を積んでいたと言われますから、恐らく富士山周辺の穴に何か感じたのでしょうね。
その後、1673年に富士信仰者によって今の船津胎内樹型が発見されました。
洞内には浅間神社の主祭神である「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」が祀られています。
船津胎内樹型・メニュー
- 船津胎内樹型への行き方
- 船津胎内樹型は河口湖フィールドセンターと同じ敷地にある
- 船津胎内樹型の説明
- 船津胎内樹型の料金と神社の中
- よそ行きの服とパンプスでは抜けられません
- 最も狭い「母の胎内」
- 途中には「瓊瓊杵尊(ニギギノミコト)」像
- 出口を出ると鳥居の側に出た
- 関連記事・参照サイト
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船津胎内樹型への行き方
船津胎内樹型には簡単に行く事ができます。
富士山周辺を通っている139号線から富士スバルラインに乗り富士山を目指していくと途中の右側にあります。
上のグーグルマップでは139号線は上側に位置していますので注意が必要です。
写真で解説してみましょう。
静岡方面から139号線を来ると河口湖周辺で下の案内標識が見えてきます。
この標識にあるように、ここから富士スバルライン(707号線)に乗るのです。
ここで139号から左側の路線に行き、正面の「スバルライン入口」交差点を右折します。
そのままただひたすら真っ直ぐ行くと「胎内洞窟入口」という交差点が見えてきます。
スバルライン入口交差点からは、たしか2つ目の信号ですからすぐ分かります。
上の信号を右折すると50mくらい先に「船津胎内樹型」の看板が見えてきます。
船津胎内樹型は河口湖フィールドセンターと同じ敷地にある
船津胎内樹型は河口湖フィールドセンターと同じ敷地にあります。
この「河口湖フィールドセンター」というのは、富士山の「剣丸尾溶岩流」上にある自然林のガイドや富士山の自然保護のための研究などをしている施設で、自然素材を使用したクラフト体験や日帰りキャンプ、トレッキング等が楽しめます。この日も多くの小学生が自然探索に訪れていました。
ちなみに、「剣丸尾溶岩流(つるぎまるおようがんりゅう)」とは今から1000年位前に流れ出た溶岩流の事で、河口湖正面の山頂から小御岳を回り込み、富士吉田市の上暮地白糸まで達した溶岩流のことです。
中に入ると周辺の自然に関する資料やガイドの内容と料金等の説明、船津胎内樹型の内部の写真や地質の資料等々、様々なものが展示されています。
剥製はこの周辺に生息している動物です。
カモシカ、テン、イタチ、タヌキ、クマ、シカ、キツネ、キジ等が生息地帯別に置かれています。
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船津胎内樹型の説明
敷地内に船津胎内樹型についての案内看板が設置されています。
かいつまんでみると、総延長68mの洞窟内は何本かに別れていて名前が付けられています。
天井や壁は溶岩が助骨状になっており、鉄分を含んで赤色を呈していることで内臓を摘出したあとの胸腔のように見えることで胎内と呼ばれる、というようなことが書かれています。
また、この洞窟以外にも周辺に大小43個以上の樹型が存在するそうです。
船津胎内樹型の料金と神社の中
鳥居の奥の祠が洞窟の入口になっています。
鳥居には「胎内神社」と書かれています。
これは、人体の胎内に似ていることからこの名前が付いているそうです。
実際に洞窟に入るとそれにちなんだ名前が各所に付けられています。
神社の中はこんな感じになっています。
正面には、御鎮座千二百年記念資料館にもあった「食行身禄(しぎょうみろく)」か「長谷川各行」と見られる像が祭られています。
天井には富士講信者の札だろうか?
木で出来た名札が数多く貼られています。
洞窟に入るのに料金が発生します。・・・私はただかと思ってました(笑)
大人200円、子ども100円と書かれています。
これは大人は高校生以上、子どもは小中学生です。
料金は河口湖フィールドセンターの受付に払います。
受付に料金を払うと洞窟内の地図を渡されます。
そして、その場で係りの人が「船津胎内樹型」のことを一通り説明してくれますが、富士講のことや主祭神のことを知らないと少し意味が分からないことも有るかもしれませんね。
途中から左に行く「母の胎内」は途中から大人は這っていかなければ奥まで行けません。
下の図では黒く太い部分です。
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よそ行きの服とパンプスでは抜けられません
洞窟自体は約70mですからけして長いという部類ではないでしょう。幅も狭い訳ではありません。
ただ、高さが無いのです。
洞窟といっても、既に説明したように溶岩樹型ですから限界があります。
高いところでも多分1m30~50位だと思います。
そして、下は平ではありませんので結構歩きにくくなっています。
パンプスや革靴ではかなり大変だと思います。
入口はこんな感じです。
この時点で既にかがんで入って行きました。
入ると直ぐに前半の見どころ「助骨・あばら」部分。樹木が燃えることで溶岩が再融解されこのような模様が生まれています。
この辺はまだ歩きやすくなっていますが、頭は天井にぶつかります。
途中はこんな感じで横穴が幾つかあいています。これも、樹木が重なり合ってできた溶岩樹型の特徴なのでしょう。
(写真はクリックすると拡大されます)
最も狭い「母の胎内」
途中に曲がり角があります。
左折になりますが、やや下に道が続いています。
そこには同時に「母の胎内」への入口もあります。上の地図では黒く太い部分になります。
この母の胎内は途中まではかがみながらなんとか進めるのですが、途中から極端に狭くなっており、這っていかなければ最深部には行けません。
これは途中まで行って写した写真です。
奥を良く見ると狭いところは恐らく天井まで60~80cm位でしょう。
汚れても良い服と、匍匐前進(ほふくぜんしん)の訓練が必要です。
ただし、最深部はかなり広くなっており普通に立てるそうです。そしてそこに「「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」が祀られています。
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途中には「瓊瓊杵尊(ニギギノミコト)」像
多分中間地点だと思います。
そこには「瓊瓊杵尊(ニギギノミコト)」が祀られています。
そして奥は立ち入り禁止の「父の胎内」。・・・立ち入りたくても狭くて入れません。
瓊瓊杵尊は下の看板に書いてあるように「邇邇芸命」とも書かれます。
この人は日本神話に出る天照大見神の孫であり、母の胎内で祀られている「木花開耶姫(このはなのさくやびめ)」の旦那さんです。
入れない「父の胎内」。
地図を見ると、父の胎内の奥には「子育観音像」があるみたいです。
入口には小さな看板もあります。
出口を出ると鳥居の側に出た
ニギギノミコトを過ぎると特に見どころはありません。
そのまま進むと出口が見えてきます。
外に出ると左側に鳥居が見えます。
周りには、富士講が奉納したと思われる石碑がたくさん設置されています。
クリックすると画像が拡大されます。