世界遺産に逆転登録した「三保の松原」は2代目が伐られ3代目の松に
2013-07-04T18:03:19+09:00 2013/07/04
世界文化遺産には含まれるかどうかが危ぶまれた「三保の松原」が、なんとか登録されることに決まりました。
ユネスコの世界文化遺産、富士山の構成資産としては45kmも離れているということで、顧問機関イコモスが「山としての完全性を証明することに寄与していない・・・」等の理由をあげ、当初は登録が絶望的だったのです。
しかし、文化庁の粘り強い説得の末、ドイツやマレーシア等の代表たちが除外に反対してくれて、異例とも言える長時間の協議を行い、ついに三保の松原も世界文化遺産の仲間入りを果たしました。
正式には、2013年(平成25年)6月22日、ユネスコの世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つとして晴れて登録が決定したことになります。
三保の松原というのは静岡県の静岡市清水区の三保半島の南側にある景勝地で、総延長7kmというの広さの中に「羽衣の松」を含む5万4000本とも言われる松林が海岸の奥に広がっています。
ここから見る富士山は駿河湾を挟んでいることで、他のビューポイントとは一味違う、より猛々しい姿を海の向こうに見ることができます。
景勝地としての歴史も古く、平安時代頃から観光の対象として多くの人に親しまれていると言われます。
また、ゴッホやモネなどの西洋画家に影響を与えた言われる、浮世絵師「歌川広重(うたがわひろしげ)」の「六十余州名所図会」「駿河 三保のまつ原」の浮世絵にもその雄大な姿は鮮やかに描かれています。
ということで早速三保の松原に行ってみました。
何年か前1度行った事はあるのですが、その時は平日だったためかそれほど観光客は居らず、観光地としては少しさみしい感じがしました。
しかしここの所現地のニュースを見る限りでは、昨年に比べ10倍以上もの観光客が訪れているそうです。はたして今はどうでしょう。
車を停める駐車場のスペースが少しは空いているのか、ちょっと心配です・・・
三保の松原・メニュー
- 三保の松原の場所・行き方
- 駐車場は2箇所・しかも無料
- 階段を上がると松林が広がっている
- 2代目の「羽衣の松」は伐られた
- 3代目「羽衣の松」
- 4代目候補?
- 三保に魅せられた「エレーヌの碑」
- 新三景の碑
- 鎌が崎遊歩道と富士山の絶景地
- 地元の釣り名人!?
- 繁盛している御土産店
- 名物なのか?「松の根っこ」と「しらすアイスクリーム」
- 駐車場にある「山梨勝之進の碑」と天女の池
- 詳細情報・関連記事
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三保の松原の場所・行き方
清水区は国際貿易の拠点となる清水港があることで知られていると思います。
清水港は興津埠頭から袖師埠頭、日の出埠頭、富士見埠頭、江尻埠頭等大きな埠頭が何キロにも渡ってあるのですが、その埠頭を繋いでいる港沿いの道を三保半島に向かって走ります。
途中まで来ると半島の付け根となる位置に交差点があります。
ここを左折すると道路は199号線。
いよいよここから三保半島に入ります。
写真はクリックで拡大します。
しばらく行くと「三保の松原」の案内看板が見えてきますので、次の信号を右折します。
右折したこの道は昔かなり細い道だったのですが、今は整備されこんなに走りやすい道になっていました。
ここから200m程行った所を左折します。
ここまで来ればすぐそこです。
横断歩道があるところを右折し一方通行を終点まで行った所が「三保の松原」です。
駐車場は2箇所・しかも無料
駐車場は松林に上る階段の入口一帯とその手前に大きなスペースが用意されています。
こちらが第2駐車場。かなり奥までありますから100台以上は停められると思います。
松林までは歩いて2・3分です。
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階段を上がると松林が広がっている
駐車場の脇には松林に続く道があります。
その階段の入口には三保の松原と天女についての案内看板が設置されています。
まずはこれらをじっくり読んでから行くと、より深い理解が得られます。
松は5万本以上あると言われますが、羽衣の松の周辺だけ盆栽のような松が集まっています。
枝にはコケやシダみたいな植物が生えているところが、より松の価値観を高めているような気がします。
松林は大正11年3月8日に国の指定名勝地になっています。
2代目の「羽衣の松」は伐られた
三保の松原は、「日本新三景・日本三大松原」のひとつとされ、社団法人日本の松の緑を守る会により「日本の白砂青松100選」にも選定されています。
日本の白砂青松100選とは、日本の景勝地のうち、美しい松林をともなった海岸と砂浜を100箇所選んだものです。静岡県では南伊豆下田の弓ヶ浜や沼津の千本松原、湖西市の遠州大砂丘が選ばれています。
「羽衣の松」と言われるものは、その昔天女が水浴びをしているとき羽衣をかけたとされる松のことです。
伝説はそこで終わらず、水浴びをしているその姿の美しさに男が心を奪われ、天に返すまいとして天女の羽衣を隠してしまいます。・・・スケベな奴ですね~。
困った天女は男と結婚して子供を残したという説や羽衣を見つけ天に戻ったという説等、様々なものがあるようですが、ここの石碑に記されているものを見ると、天女の舞を舞うことで羽衣を返したとあります。
現在ここにある「羽衣の松」はその松の2代目と3代目です。
2代目のほうは世界遺産に決まった後、すぐに伐採されました。これは幹が老朽化したため観光客の安全を確保できないとの理由からです。
これが伐られる前の姿。
たしかに老朽化が進み、枯れ果ててヘロヘロです。
2013年7月3日に地元関係者ら約百五十人と観光客が見守る中、造園業者の手によりチェーンソーで枝先から伐採されました。
この松は高さ約10m、外周5m程の黒松で、樹齢は650年以上と言われます。
既に新しい葉が生えないほど衰弱しており、このまま放置しておくと枝が落下して人に当たったり、害虫の根城となり周辺の松をも枯らしてしまうという危険性があるということで伐採が決まりました。
松周辺の敷地を所有する羽車神社氏子総代会では、地面から3m程を残し今後も保存していくそうです。
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2代目の松の横には「羽車神社」の鳥居。
これはここから約600m程離れた「御穂神社(みほじんじゃ)」の離宮らしい。
羽車は御祭神の乗り物のことでを言うようで、ここは昭和31年8月に再建されたみたいです。
3代目「羽衣の松」
3代目の羽衣の松は、2代目の松の裏側にあります。
こちらも樹齢数百年となる黒松です。
平成22年10月に世代交代したそうです。
そのときのイベントは今も静岡市のHPに残されています。ご覧になりたい方はページ下の関連情報でご確認ください。
ちなみに初代はどうしたんでしょう?
調べて見ると、富士山最後の噴火と言われる「宝永の大噴火」のとき海中に没したそうですが、定かではありません。
それにしても伝説が残る松を何回も替えていいのだろうか!?・・・ありがたみが薄れていくというか、そもそも天女が羽衣をかけた松は一本だけなはずです。そんなことを思うのは私だけなのかな?
4代目候補?
2代目と3代目の羽衣の松の囲いの中には2世木らしき松が生えていました。
たぶんこの一部だと思いますが、既に土肥の「松原公園」に寄贈されています。
下の看板には「羽衣の松葉樹齢650年を数え樹勢が大変衰弱しており、現在幹や根の養生をし、樹勢の回復をはかっております・・・」と書かれています。
三保に魅せられた「エレーヌの碑」
松林の中に「エレーヌの碑」というものがあります。
これはフランスの舞踏家「エレーヌ・ジュグラリス」という女性の碑です。
彼女は、能「羽衣」に魅せられ、それを題材にした自らの作品「羽衣」を発表しています。
三保の松原にすごく憧れを持っていたようですが、ついにこの地に訪れることなく、白血病により35歳という若さでこの世を去ったそうです。
遺言では「私の魂は日本の三保が恋しがっています。私の代わりに三保を訪ねてください」と言い残して亡くなりました。
エレーヌさんのこの熱意に共感した三保地域の住民たちが、1952年に「エレーヌの碑(羽衣の碑)」を建てました。碑の下には彼女の遺言にもとづき、その遺髪が埋納されています。
マルセル・ジュクラリスという人の歌碑があります。
この人はエレーヌさんの旦那さんで、パリの経済紙「アンフォルマシオン・アジャンス」の特派員として来日した51年11月11日、遺言により彼女の遺髪を持って現地を訪ねたそうです。
ここにも羽衣の松の二世木が植えられています。
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新三景の碑
大正5年に実業之日本社が、日本新三景を全国に募り、そのとき三保の松原が選ばれました。
これを記念して建てられた碑です。
このとき同時に選ばれたのは北海道の南西部の渡島半島東側、亀田郡七飯町にある湖「大沼公園」(アイヌ語でポロトー(大きな湖))と九州の大分県中津市にある渓谷「耶馬溪(やばけい)」です。
鎌が崎遊歩道と富士山の絶景地
松林の東側は「鎌が崎遊歩道」が林の中に整備されています。
ここは多くの文人に愛された場所で、ところどころにに彼らの文学碑と一休みできるベンチが設置されています。
松林の道と海の道に分かれていますが、どちらから廻っても1周できます。
北原白秋や与謝野晶子の詩があちこちにありました。
名勝「鎌ヶ崎」
途中には海岸に行く案内看板がでています。
ここから行ったところが富士山を一番きれいにみることができるポイント、名勝「鎌ヶ崎」です。
この日は曇って見えませんでしたが、晴れた日は浜と松林の向こうに雄大な姿が顔を出します。
天気がいいとこんな感じに富士山を見ることができます。
鎌ヶ崎の沖は水深があり、昔から竜神が棲んでいたという伝説が残っています。
林の中には神社があるのですが、これは竜神から守るように作られているわけではなく、大願成就の神様らしいですね。富士山を眺めてからここでお願いをするとその望みは叶うと言われているようです。
遊歩道の一番奥にはトイレが作られていました。
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地元の釣り名人!?
砂浜はさすがにきれいです。
消波ブロック(テトラポット)が景観をじゃましている、などと言われていましたがそれほど気にはなりません。
右下の写真は私が一番きれいだと思ったアングル。
松林の中は雑草が生える雑木林になっているのが普通ですが、ここから見ると松原はものの見事に細かい砂浜が奥まで続いています。・・・恐らくこんな松林は他の地域にもそれほど無いと思います。
投げ釣りをしているおじさん(おじいさん)がいました。
どの位投げるんですか?と聞いてみたら「100m位かな」と教えてくれました。
と、言って力いっぱい投げた仕掛けはどうみても50m付近に着水。・・・名人は距離で勝負はしないのです。
釣果を尋ねると、ビニール袋に何匹かキスが・・・
なんでもオモリに一工夫してあり、小さな当たりでも敏感に拾えるそうです。・・・さすが名人!!
この辺の浜は観光としては景観が優れていますが、釣り人から見れば何の変哲もないただの砂浜です。
普通ならキスの投げ釣りくらいしか思い当たらないのですが、なんと秋口になるとかなりの確立でスズキの大型が釣れるのです。
その他にも波打ち際の駆け上がり付近でヒラメやコチ、タコが釣れます。
この辺から少し東に行ったほうでは、マダイを周年狙えるポイントがありますし、水温が上がる夏になるとソーダ鰹(平ソーダ・丸ソーダ)やイナダ、ワラサ、カンパチ、メジマグロ、シーラなんかもかなり廻ってくることで知られています。
また、冬になると専用のテンヤにザリガニを付けてコウイカが内側で釣れます。
なお、季節の釣りものの情報はページ下の「詳細情報・関連記事」をご覧ください。
繁盛している御土産店
御土産店は第一駐車場と松林の中にあります。
世界遺産になる前は観光客が減少の一途をたどり、既に廃業したお店もあるそうです。
松林の中にある店は土日だけ営業しているらしいですね。
ただ、世界遺産になったことで観光客は平日でもかなり訪れていますので、今後は平日も営業するかもしれません。
下の店は松林の登り口に一番近いところにあります。
そのためか平日であっても結構繁盛していましたね。
静岡の地酒をはじめ、県内の特産物で作った御土産を数多く販売していました。
その他に三保の松原と海岸から見える富士山の映像を大画面のモニターで延々と流していました。
この日のように浜から富士山が見えないようなときはちょっと立ち寄ってみるのもいいかもしれませんね。・・・店側の思う壺ですけど(笑)
名物なのか?「松の根っこ」と「しらすアイスクリーム」
こちらも松林の登り口にある御土産屋です。
向かって右側にあります。
店の入口では店主らしきおじさんが客に声をかけていました。
なかなか面白い人らしく、観光客の笑い声が聞こえていました。
ここの「いちまる水産」でも地元の名物を中心に扱っています。
その中でもここの名物は「松の根っこ」という御土産もの。
たしかに植物の根っこみたいに見えます。
店の人に尋ねてみると、お客さんからもらった助言でサキイカにイカ墨を塗りつけて松の根みたいにしたそうです。
見た目は良くありませんが、お土産物のしては面白いですね。試食してみましたが、普通のサキイカです。少しイカ墨の味がしたかな?
横の店でも面白いものを売っていました。
「しらすアイス」という商品で、名前の通り駿河湾名物しらすがアイスクリームの中に練りこまれているのです。
観光地ではとうもろこしや山葵入りのアイスクリームを見たことはありましたが、しらすが入っているというのは初めて見ました。
買ってみました。
味は塩ミルク味と聞いていたのですが、それほど塩味はしませんからおいしいと思います。
肝心のしらすは粒状にしたものが中に混ざっています。(本当にしらすかな?)
ソフトクリーム自体はまずくないですが、しらすの味はしません。・・・特にアイスに入れる意味はないですね。
駐車場にある「山梨勝之進の碑」と天女の池
山梨勝之進(やまなしかつのしん)という人は、元は海軍の軍人で最終階級は海軍大将、学習院長も務めた人物です。駐車場の傍らに「山梨勝之進」の碑と、天女の池のなごりが残されています。
ただ、ここに山梨勝之進という人の碑がある理由はよく分かりません。
天女の池というのは、なんでも大昔の偉い人が、霊峰冨士を背にして野鳥が飛び交うほどの美しい自然豊かなこの池で旅塵を洗い流したと言われる池だそうです。